また幼い命が…それでも何も変わらないこの国に、親として問いたい

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農業ブログ

また幼い命が…それでも何も変わらないこの国に、親として問いたい

2025/03/25

Yahoo!ニュースで、とても悲しい交通事故の報道を目にしました。
幼い命が突然奪われ、ご家族の人生が大きく変わってしまった——そんな胸が締めつけられるような出来事です。

 

記事を読んで、私はしばらく言葉を失いました。
小さな子どもを持つ親として、想像しただけで涙が溢れます。
「もし自分の子だったら…」そう考えると、悔しさと悲しみ、そしてやり場のない怒りがこみあげてきます。

私たち親は、子どもたちの未来を守るために、日々気を張り、危険を避け、注意を払って生活しています。
それでもなお、理不尽な事故が、日常の一瞬を奪ってしまう。
その原因が「避けられたはずのこと」だったとしたら、なおさらやるせない気持ちになります。

 

高齢ドライバーの現実と、地方の事情

 

今回の事故では、高齢ドライバーが加害者であったと報じられています。
もちろん、すべての高齢者の運転が危険とは思いません。
実際に、安全運転を心がけ、地域の足として慎重に車を使っている方もたくさんいます。

地方に住んでいると、車なしでは生活が成り立たない現実があることも、私はよく理解しています。
買い物、通院、家族の送迎——公共交通機関が発達していない地域では、車は「生活そのもの」です。
その中で、高齢になっても運転を続けざるを得ない人が多いことも、責められない現実だと思います。

私自身、何度か、車から降りてきた高齢の方が、杖をつきながら足を引きずって歩いていく様子を見たことがあります。
その姿に「本当にこの状態で運転を続けて大丈夫なのだろうか…」と、不安を感じたこともあります。
けれど、その方が車を手放せば、きっと生活は立ち行かなくなるのだろう、という現実も想像できます。

 

だからこそ、制度と社会の両方が変わらなければならない

 

この問題は、単に「高齢ドライバー=危険」と断じて終わる話ではありません。
「危険を見逃さない免許制度」と「車に頼らなくても暮らせる社会」の両方が、必要なのだと思います。

たとえば、

  • 高齢者の実技試験や認知機能検査の精度と頻度を高めること

  • 家族や医療機関が免許に関与できる仕組みの整備

  • 安全装置(自動ブレーキや誤発進防止機能など)の義務化

  • 地域ごとの移動支援や乗り合い交通など、公共インフラの再構築

現場の実情に合った対策を、国や自治体が責任を持って推進する必要があります。

難しい課題だというのは承知しています。
高齢化が進み、地方の人手も資金も限られている中で、簡単に答えが出る問題ではない。
だからこそ、政治に関わる方々には、本気で取り組んでいただきたいのです。

「検討します」ではなく、「始めました」と言える行動を。

 

命は、もう戻ってこない

 

命は、どれだけ悔やんでも、どれだけ願っても、二度と戻ってきません。
だからこそ、これ以上、「また起きてしまった」という報道を見たくない。
次は我が子かもしれない、そんな恐怖を親たちに抱かせる社会のままでいてはいけないのです。

政治家の皆さんに、どうかお願いしたい。
地方の生活事情も踏まえたうえで、命を守る制度、そして移動手段の支援策を、本気で進めてください。
難しいからこそ、誰かが「やる」と決断しなければ、何も変わりません。

 

親として、願うこと

 

私はただの一市民であり、一人の親です。
でも、子どもの未来を守りたいという思いは、誰よりも強く抱いています。
そしてそれは、私だけでなく、多くの親たちが同じように感じているはずです。

どうか、今ある制度の不備や社会の歪みに目を背けず、
命を守るという一番大切なことのために、声を聞き、行動していただきたい。

今回の事故で命を落とされたお子さんのご冥福を、心からお祈り申し上げます。
そして、ご家族が少しでも心穏やかに過ごせる日が訪れることを、心より願っております。