続報ー過去に事故を起こしていた。それでも運転を許した社会が、命を奪った。

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農業ブログ

続報ー過去に事故を起こしていた。それでも運転を許した社会が、命を奪った。

2025/03/26

昨日、小学生の女の子が犠牲になった交通事故について、私は親として、ひとりの大人として、悔しさと悲しさを綴った。

そして今日届いた続報を見て、怒りが抑えきれなくなった。

加害者である78歳の男性は、こう供述していたという。

「過去にも気がついたら事故を起こしていた」

そして、車両に異常はなかった。

……つまり、これは人災だ。完全に、社会が見て見ぬふりをしていた末の、予見できた事故だ。

なぜ、こんな人物に運転を許していたのか。なぜ、免許が更新されていたのか。なぜ、家族も医師も、行政も、誰も止めなかったのか。

こんな状況のままハンドルを握らせていた社会の責任

は、重すぎる。

私は地方で暮らす親のひとりだ。だからこそ分かっている。地方にとって車は「足」以上の存在だ。移動手段がほとんどない場所では、車を手放せば日常生活そのものが成り立たない。

買い物も通院も、すべてに車が必要だ。だから、多くの高齢者が、不安を抱えながらも運転を続けている。

昨日も書き綴ったが、私も実際に、杖をつきながら足を引きずって歩く高齢者が車から降りてくるのを何度も見たことがある。

「この状態で、本当に運転して大丈夫なのか?」

そう思ったことは一度や二度ではない。

でも、それでも運転しなければ生活できない現実がある。だからこそ、本人や家族にだけ責任を押しつけるのではなく、制度として守る仕組みが必要なのだ。

今回の件は、本人にも自覚があった。 それでも止められなかった。

免許制度はどうなっているのか? 高齢者の認知機能検査は、本当に機能しているのか? 行政は、現場の声を無視していないか?

そして何より、政治家の皆さんに問いたい。

もうこれ以上、「また痛ましい事故が起きました」という原稿を読み上げるだけの国でいいんですか?

命は、戻ってこない。 どんなに悔やんでも、どれだけ願っても、あの子は帰ってこないんです。

それでもまだ、「移動手段がないから仕方ない」で済ませますか?

仕方ないで済ませてきた、そのツケが、今こうして命を奪っているんです。

私たち親は、毎日、子どもたちを守るために全力で生きている。 事故が起きてからでは遅い。もう手遅れなんです。

だから、私は怒っている。 そして、怒りだけで終わらせないために、問い続けます。

誰もが安心して暮らせる社会を作るために、今度こそ、制度を動かしてください。 誰かの死を、次の死につなげないために。

これは、すべての親の声です。 そして、これ以上命が奪われないことを願う、祈りです。