新年の「心の調律」。お寺の祈祷で、すがすがしくスタート!
2026/01/03
理屈抜きに気持ちいい。大勢で唱える般若心経のパワー
明けましておめでとうございます。
本年も後藤農園をご愛顧いただけますよう、
よろしくお願い申し上げます🐢。
さて、
2026年元旦に、お寺の「大般若祈祷会」へ参加してきました。
私は仏教徒でもどこの宗教にも属していませんが、
大自然に身を置く感覚で、日常のイズがスッと消えていくような気がします。
本堂に入ると、三蔵法師や、
砂漠で彼を救ったという深沙大将が描かれた釈迦三尊十六羅漢図の掛け軸が中央に鎮座。
私にとっては、この場に流れる「凛とした空気」が何よりのご馳走です。
まず参加者全員で般若心経を唱えます。
参加者全員で唱える般若心経の響きが、
自分の内側に「共振・共鳴」していくのを感じます。
一人で静かに祈るのとは違う、圧倒的な音のうねり。
難しい理屈は抜きにして、
ただただ、
その響きに包まれているだけで、
心の中が綺麗に「祓い清められていく」ようなきがします。
そして、
大般若経転読中唱文を唱え
無位の真人面門に現ず(むいのしんにん めんもんにげんず) 智慧愚痴般若に通ず(ちえぐち はんにゃにつうず) 霊光分明大千に輝く(れいこうぶんみょう だいせんにかがやく) 神鬼いずれの処にか手脚を着けん(しんき いずれのところにか しゅきゃくをつけん)
優れた修行者が門前に現れ、光明を発しているから、鬼神は手を出せん
大般若経の経本を空高く掲げ、パラパラと滝のように「転読」をします。
転読とは、参加者全員でで手分けして経本をアコーディオンのようにパラパラと広げてめくって一巻を読誦したこととすることです。
和尚様よりこのような言葉をいただきました。
「一切皆苦(人生は思い通りにいかないもの)」
悲観的な言葉ではなく、
「この世は思い通りにならないのが当たり前」と認識することで、
過度な期待や執着を手放しすこと。
争いはあなたの中にしかなく、
平和はすでにあなたの中にある。
この言葉を受け、
これまで私は「無様=恥」という定義だったかもしれません。
これからは、その定義を書き換えていき「弱点」→「強み」に転換するプロセスを構築していきます。
孤独を「寂しさ」ではなく「分析力・洞察力・観察力の強化」と捉え、身体は単なる道具から、自分軸を知るパートナーへ変えます。
「比較=自己否定」でしたが、これからは**「比較=現在地」**になります。
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自分の良さを知る: 他者との違いは「優劣」ではなく、自分の「持ち場(役割)」を特定するためのヒントとなります。
このような気づきを得た帰り道、
お寺の門を出る時の足取りの軽さ。
今年もこの「すがすがしさ」を追い風に、いいスタートが切れそうです。