Standard Alone Complex ー第1章ー
2025/05/28
第1章|“自分らしさ”の同調圧力
野良哲人☆農人クリエが綴る──
「違っていてもいい」はずなのに、なぜ“同じような個”が増えていくのか。
「自分らしく生きたい」
「個性を大切にしたい」
そんな言葉が日常に溢れるようになった。
SNSには
「#好きなことで生きていく」や
「#自分らしさ」というタグが飛び交い、
皆が“自分”を語り、
表現し発信している。
一見すると、
それぞれが“スタンドアローン”
な存在のように見える。
だが、
私はあるときふと気づいた。
みんな、どこか似ていないか?
アイコンも、
言葉遣いも、
プロフィールの構成も。
「自分らしく在る」と言いながら、
実は
“誰かのモデル”
をなぞっているのではないか。
いじめ、
ドリームキラー、
ハラスメント。
これらも一見“排除”の行為に見えるが、
その本質には
「同じでいてほしい」
という無意識の共鳴欲が潜んでいる。
お前が自由でいると、
俺が不自由なのがバレるからやめてくれ。
そんな恐れや不安が、
他者を“普通”に引き戻そうとする
圧力となって働く。
同調圧力とは、
「異物を叩きたい」のではなく、
「不安を隠したい」ために生まれる
防衛反応なのかもしれない。
そしてそれは、
私たちが思っている以上に、
身近で、静かで、深い。
個を演じているつもりが、
気づけば
「スタンダードな個性」をなぞっている。
これこそが、
“スタンダード・アローン・コンプレックス”の正体。
本当に“自分”であるためには、
まず「違う自分」を許せる社会でなければならない。
「自分らしさ」を言葉にするより、
“違っていても、在る”ことを受け入れる場づくりこそが、
これからの問いになるのかもしれない。