私にとって成長とは?
2025/04/14
私は本当に「成長」というものを理解していただろうか?
ストレスがもたらす最大のギフト
野良哲人こと十亀が綴るから問から始まる小さな旅路
日々、何気なく使っている「成長」という言葉。
でも、その中身をじっと見つめたとき、
私は本当に「成長」というものを理解していただろうか?
今回は、そんな問いから始まる小さな旅路です。
成長とは、
ただ簡単に大きくなることじゃない。
すいすいと物事が進むわけでもない。
うまくいかないことや、
思うようにいかないことを経験しながら、
そのたびに立ち上がり、諦めずに、
それでも前に進もうとする──
ということではないかと…。
たとえば、
酷暑の中で乾いた土地に、
与えられた環境でじっと身を置いている
白葱を思い浮かべてみてほしい。
土は温まり、
空気は乾き、
じりじりとした日差しが降り注ぐ。
そんな厳しい中で、
無理に成長しようとはしない。
むしろ成長を止め、
傷つきながらも残った根で、
じっと耐え、
時を待つ。
葉先は枯れ、
外側の葉は細り、
白葱はじっと、
しかし確かに生き抜こうとする。
外からは、
成長しているようには見えないかもしれない。
けれどその内側では、
わずかに残った水分と養分を根元に集め、
生き抜くための力をひっそりと蓄えている。
成長とはそんな姿に似ているとふと思った。
嫌なことや、
うまくいかないことにぶつかったとき、
「どうしていつもこうなんだ」
「環境のせいだ!」
とフラストレーションを感じることもある。
でも、
そんなときこそ──
”これは自分を育てるために与えられた試練かもしれない”と、
少しだけ考え方を変えてみると、
見える景色が変わる気がしている。
挫折や失敗によって感じたストレスは、
私にとって起爆剤となる。
それが燃料となり、
問題を乗り越えるための力を生み出している。
硬い土でも、
乾いた風でも。
その環境をそのまま受け止め、
根を張る力。
白葱のように、
枯れかけてもなお、
地中深くで力を蓄え、
恵みの季節が訪れるその日まで、
じっと準備を続ける。
では、
なぜそこまでしてストレスに
強くならなければならないのか?
それは、
農業という営みを通じて、
命をつなぎ、
食べる人の体と心を支える役割を果たすため。
農業は、
自然の気まぐれと常に向き合いながら、
どんな天候でも、
どんな環境でも、
作物を育てるという使命を背負っている。
白葱もまた、酷暑や干ばつの中で、
倒れずに根を張り続ける。
私たち農に生きる者も、
そんな白葱のように、
厳しい現実を受け止めながら、
誰かのいのちを支えるために、
じっと、
そして確かに、生きていく。
そのために、
ストレスに強くならなければならないのだと、
私は感じています。
自然は、
そんなことを無言で教えてくれている気がします。
ストレスは、
メンタルを鍛えるトレーナー、
マインドを修正するコーチ、
ライフプランナーである。
焦らず、
騒がず、
ただひたすらに、
自分を信じて、
養っていく。
そう考えると、
うまくいかない出来事にも、
出来ないことにも、
ちゃんとした意味があったんです。
泥だらけになっても、
傷だらけになっても、
自分で自分を育てながら、
一歩ずつ歩んでいく。
ストレスは、
ただの苦しみではない。
私たちに与えられた最大のギフトなのかもしれない。
みなさんは、
「成長」と聞いたとき、
どんな景色が心に浮かびますか?
今日もまた、小さな根を張る一日を。
最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
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