もし明日、農協が解散したら?
2025/06/01
メディアの農協バッシングに潜む危うさを問う
最近の米騒動をきっかけに、あちこちで農協への批判が再燃している。
メディアの見出しやSNSの投稿では「農協は中抜き業者だ」「農協が農家を苦しめている」など、過激な言葉が軽々しく飛び交っている。
でも、私はそれを見ていてどうしても違和感を覚える。
農協の問題点は確かにある。だけど、あまりに断片的でセンセーショナルな報道が、農業の現場を知らない人たちに誤解を植え付けているように思う。
私はお米を作っているわけではないし、私たちの白葱も農協への共販出荷はもう何年もしていない。農協の肩を持つつもりは毛頭ない。
むしろ、農協の仕組みに苦労し、結局そこから離れて独自に販路を作った立場だ。
それでも、今回こうして文章を書こうと思ったのは、メディアの報道の軽さに疑問を感じるからだ。
農業の現場で日々働く者として、事実を元に議論を進める土壌を作りたい。メディアに踊らされる人を少しでも減らしたい。
その思いで、あえて「もし明日、農協が解散したら?」という問いを立てて、農協の役割のリアルを見直してみたいと思う。
収穫から出荷までのリアルな工程
例えばお米の話をしよう。
秋、黄金色の稲穂を刈り取った瞬間、仕事は終わりじゃない。
刈り取った籾はすぐに乾燥機にかけて、水分を抜いていく。ここを怠ると米は割れやすくなり、品質が落ちる。
次に脱穀し、籾殻を取り除いて玄米に。さらに精米をし、粒の大きさを選別し、着色粒や異物を取り除く色彩選別を行う。
ここまでやって初めて「商品」としてのお米ができあがる。
しかも、お米は生きている。呼吸をしているから、保管環境が悪いとすぐに劣化する。
低温貯蔵庫で管理しなければ、虫が湧いたり、味が落ちたりする。
「収穫すればすぐ売れる」なんていうのは、現場を知らない人の幻想だ。
それをすべて自分でやるとしたら?
じゃあ、農協がいなくなったら?
農家はこの一連の作業をすべて自分でやらなければならない。
乾燥機や色彩選別機、低温貯蔵庫――一つひとつが数百万円、数千万円する。
それを一軒の農家が全部持つのは、資金的にも技術的にも現実的じゃない。
私は白葱で独自に販路開拓をしてきたからこそ分かる。
「自分でやる」には、時間とお金、何より信用を得るための地道な努力が必要だ。
販路を見つけるのは簡単じゃない。相手の信用を勝ち取るまでに、何年もかかることだってある。
それをすべての農家が一手に担うのは、いくら理想を掲げても難しい。
農協の「信頼のインフラ」とは何か
農協は「中抜きしてるだけの存在」ではない。
農家が作物を育て、農協が乾燥や調製、保管、出荷を担う。
この分業の仕組みは「信頼のインフラ」でもある。
僕は新規就農で農業を始めた時、この仕組みの重みを知らなかった。
だけど実際に出荷の現場に立ち、販路を切り拓く苦労をして初めて、農協という仕組みが積み重ねてきた“信用”の意味を実感した。
もちろん完璧ではないし、地域によっては問題も山積みだ。
だけど、農協がいなくなったら、農家がいきなりすべてのインフラを背負い込む現実は、想像以上に重い。
農協が解散した世界を想像する
もし明日、農協が突然解散したら?
乾燥機や低温貯蔵庫を農協に頼っていた農家は、収穫した米を出荷できなくなる。
自前で用意しようとしても、資金もノウハウも間に合わない。
販路を開拓しようとしても、相手の信用を得るまでに何年もかかる。
農協の共済や資材の共同購入、資金繰りを支える信用事業――そのすべてがいきなり消える。
それを「農協は不要だ」と言い切れる人が、果たしてどれだけ現場を知っているのか。
農協の問題点と「批判の先にある責任」
もちろん農協には問題がある。
官僚的で、農家の声が届きにくい部分もある。
だから僕は白葱を共販出荷しない道を選んだ。
だけど、問題があるからといって「いらない」と切り捨てるのは違うと思う。
私はこう考えている。
批判するからには、必ず提案とセットでなければならない。
事実を元に議論を重ね、その上で「どう変えるのか」を示すことこそ、本当の批判だ。
農協が不要だと言うのは簡単だ。
でも農協が担っている現場のインフラを踏まえた上で、「どう代替するのか」を提案しなければ、議論は空虚になる。
国の役割と農家の努力
そしてもう一つ。
農業の安定供給は農家だけの努力では達成できないと思っている。
国が主導する大きな政策転換があって初めて、農家個人の努力が報われる。
乾燥機や保管庫、集荷インフラをどう地域に残すか。
食料の価値をきちんと支える仕組みをどう作るか。
それを整えるのは、国の役割だ。
その上で農家が自分の販路を探し、努力を重ねるからこそ、安定供給は実現する。
そういう土台の話を抜きにして「農協はいらない」と叫ぶだけでは、結局農家を孤立させるだけだと私は思う。
結びに
農協を擁護するために書いているわけじゃない。
自分は共販出荷こそやめたが、肥料農薬をはじめとする資材の調達や融資、共済等では、お付き合いをしていただいている。
それでも、農協の仕組みが支えてきた「信頼のインフラ」の重みを知っているからこそ、誤解されたまま切り捨てられるのを見過ごせない。
そして、僕はこう信じている。
批判には提案を。
事実を元に議論を。
国の土台整備があって初めて農家の努力が生きる。
その土台を無視して声を上げるだけでは、現場の負担が増えるだけだ。
メディアに踊らされる人を減らしたい。それが、私がこの文章を書いた理由だ。
これからも農業の現場で見たこと、感じたことを正直に伝えたい。
農協の課題には声をあげる。だけど、提案とセットで考え、国の役割と農家の努力の両方を見据えたい。
それが、農業を仕事にして生きる私の責任だと思っている。
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