畑が水に沈んだ日。それでも農業経営を終わらせないために
2026/10/10
― 大雨で白葱を失った農家が、今、伝えたいこと ―
このたびの大雨により被害に遭われた皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
大切に育ててきた農作物や農地、農業施設に被害を受け、今後の生活や経営に大きな不安を抱えている方も多いことと思います。一日も早く平穏な日常を取り戻せることを、心より願っております。
千葉県や茨城県などで発生した大雨による農業被害のニュースを見て、何年か前の自分自身の経験を思い出しました。
正直、気持ちが沈みました。
私たち後藤農園も、何年か前に、線状降水帯による大雨で約3,000万円分の白葱を失った経験があります。
何か月もかけて育ててきた作物が、たった一度の大雨で失われる。
自然を相手にする仕事だから仕方がない。頭ではそう理解していても、簡単に割り切れるものではありません。
ここ磐田市でも長雨による被害が発生し、なんとか乗り越えるために管理作業に追われる毎日を過ごしております。
だからこそ、今回大きな被害を受けた農家の皆さんのことが、決して他人事とは思えません。
そこで今回は、私自身が過去の災害から学んだことを、少しでも同じ農業経営者の皆さんのお役に立てればという思いで書いてみたいと思います。
これは栽培技術の話ではありません。
災害によって大切な作物を失っても、農業経営を継続するために何をすべきなのか。
そのための、経営者としての判断と行動についてのお話です。
農業災害のニュースでは、被害面積や被害金額が大きく取り上げられます。
もちろん、それらは重要な情報です。
しかし、実際に被害を受けた農業経営者にとって、もっと切実な問題があります。
それは、資金繰りです。
作物を失えば、当然その分の売上はなくなります。しかし、従業員の給与、借入金の返済、機械のリース料、資材代などの支払いは続きます。
そして農業の場合、災害による影響が資金繰りに表れるまでには時間差があります。
被災した直後は、まだ預金残高に余裕があるかもしれません。
しかし、本来なら収穫して売上が入るはずだった数か月後、その入金がなくなります。
一方で、支払いは予定どおりやってきます。
災害は一日で起きます。しかし、経営危機は数か月遅れてやってくることがあります。
私は、この時間差こそが農業災害の恐ろしさの一つだと思っています。
そして、もう一つ恐ろしいのが、経営者自身の焦りです。
何とかしなければならない。
失った売上を取り戻さなければならない。
その気持ちが強くなるほど、冷静な判断が難しくなります。
だからこそ、災害直後には、やるべきことの順番を間違えないことが重要なのです。
最初にやるべきことは、被害を数字にすること
災害が発生したら、まずは安全を確保したうえで、被害の全容を把握します。
どの圃場が被害を受けたのか。
どの程度の収穫が見込めるのか。
そして、被害は今後さらに拡大するのか、それとも収束に向かうのか。
ここを見極める必要があります。
特に白葱の場合、冠水や長雨による被害は、水が引いた時点で終わるとは限りません。
根が傷み、時間の経過とともに病気が発生し、数週間後に収穫不能になることもあります。
そのため、被災直後の状況だけで判断せず、継続的に圃場を確認する必要があります。
そして、ある程度の状況が把握できたら、被害額を算出します。
ここで重要なのは、最初から正確な数字を求めないことです。
例えば、3ヘクタールが全滅すると見込まれるのであれば、予定収量と販売単価から売上減少額を概算します。
残った圃場についても、収量が何割程度減少するのかを予測します。
数字は概算で構いません。
被害が拡大すれば修正し、収束すればまた修正すればいい。
大切なのは、できるだけ早く経営への影響を数字で把握することです。
同時に、被害状況は写真や動画で記録し、自治体やJAに農業被害の証明手続きを確認します。
一般的な罹災証明書は主に住家を対象とするため、農地や農作物では別の被災証明などが必要になる場合があります。
これらは保険請求や融資などで必要になることがあります。
ただし、証明書の発行を待ってから資金調達に動く必要はありません。
被害の調査、証明書の準備、金融機関への相談は同時に進めるべきです。
資金繰り表は、経営者にとっての命綱
被害額の概算ができたら、次にやるべきことは資金繰り表の見直しです。
私は、農業経営において資金繰り表は極めて重要だと考えています。
特に災害時には、その重要性が一段と増します。
今、預金口座にいくらあるのか。
今後、いつ、いくら入金されるのか。
給与や借入返済などの支払いは、いつ、いくら発生するのか。
これらをすべて整理し、災害による売上減少を反映させます。
できれば、月単位ではなく日単位で管理する「日繰り資金繰り表」が理想です。
月末には現金が残る計算でも、月の途中で給与や借入返済が重なれば、一時的に資金不足になることがあります。
その危険を見落とさないためにも、日繰りでの管理をおすすめします。
期間についても、できるだけ長期で作成しておきたいところです。
最低でも12か月、可能であれば24か月先まで見通しておく。
もちろん、将来の数字は概算で構いません。
重要なのは、予測を正確に当てることではありません。
資金がいつ不足するのかを、資金が残っているうちに知ることです。
そして、これは災害が発生してから始めるものではありません。
平時から資金繰り表を作成しておけば、災害時には売上見込みを修正することで、必要な資金を素早く算出できます。
農業経営者は、日頃から天気予報を確認します。
雨がいつ降るのか、台風がいつ接近するのか。
それによって作業の予定を決めます。
資金繰りも同じです。
数か月後に資金不足が予測されるのであれば、今から対策を取ることができます。
天候の変化を予測するように、現金の動きも予測しておく。
これも、農業経営者に必要な管理だと思っています。
災害直後、経営者は資金調達に全集中する
ここからが、今回の記事で最も伝えたいことです。
大きな農業災害が発生したとき、経営者が最も力を注ぐべきこと。
それは、必要な資金を確保することです。
被災した畑の復旧はもちろん重要です。
しかし、経営者が畑の復旧だけに追われ、資金調達を後回しにしてしまえば、数か月後に経営そのものが立ち行かなくなる可能性があります。
必要な資金を算出したら、できるだけ早く金融機関に相談します。
JA、日本政策金融公庫、地方銀行、信用金庫。
取引のある金融機関には、すべて相談するくらいの姿勢が必要だと思います。
必要であれば、これまで取引のなかった金融機関にも相談する。
農林漁業セーフティネット資金など、災害時に利用できる融資制度を確認する。
収入保険に加入しているのであれば、保険金の支払いまでのつなぎ融資についても相談する。
既存借入金の返済条件変更や元金返済の猶予についても、選択肢として検討する。
さらに、生命保険や子どもの学資保険などに加入している方は、保険の「契約者貸付制度」についても確認してみてください。
契約内容によっては、解約返戻金の一定範囲内で資金を借り入れられる場合があります。
一般的な金融機関の融資とは異なり、審査なしで比較的短期間に資金を確保できる場合もあるため、緊急時の資金調達手段の一つとして検討する価値があります。
ただし、すべての保険契約で利用できるわけではなく、利息も発生します。借入残高が増えると契約の失効につながる場合もあるため、条件の確認が必要です。
特に子どもの教育資金として積み立てている保険については、将来の受取額や返済計画も十分に考慮する必要があります。
災害時の資金調達は、金融機関からの借入だけに限りません。
自分が利用できる資金調達手段を一つでも多く把握しておくことが重要です。
利用できる制度は、被害状況や経営状況などによって異なりますが、重要なのは一つの方法にこだわらないことです。
一つの金融機関に相談し、回答が出るまで待つ。
私は、それでは遅い場合があると思っています。
複数の金融機関や関係機関に並行して相談し、利用できる選択肢をできるだけ多く確保する。
もちろん、借りられるだけ借りればいいという話ではありません。
必要な資金とその時期を把握し、返済の見通しを立てたうえで相談することが前提です。
しかし、資金調達に遠慮している場合ではありません。
災害で経営が危機に陥っているのであれば、経営を守るために、使える手段はすべて検討する。
それくらいの気迫が必要だと思っています。
金融機関に相談することは、恥ずかしいことではありません。
借入をすることが、経営者としての失敗でもありません。
むしろ、必要な資金を確保できず、経営を継続できなくなることの方が、はるかに深刻です。
資金調達には時間がかかります。
だからこそ、資金が不足してからではなく、不足することが分かった時点で動く。
資金繰りが厳しくなってから借りるのではなく、厳しくなる前に借りる準備をする。
ここが極めて重要だと考えています。
慣れない作物で取り戻そうとしない
災害で作物を失ったとき、どうしても考えてしまうことがあります。
「空いた畑で別の作物を作って、少しでも売上を取り戻せないか」
その気持ちはよく分かります。
私自身も、そうしたことを考えてきました。
しかし、これまでの経験から言えば、災害による損失を、作ったことのない作物で取り戻そうとして、うまくいった試しがありません。
そもそも、慣れない作物を栽培するということは、新たな事業を始めることに近いと思います。
栽培技術も違えば、必要な資材や機械、作業工程も違います。
販売先が確保できるかも不透明です。
そして、何より問題なのは、災害によって資金的にも精神的にも余裕がない状況で、新たなリスクを抱えることです。
仮にその作物がうまく育たなければ、最初の災害に加えて、さらに損失を拡大させてしまいます。
災害後は、何か行動していないと不安になるものです。
しかし、何かをすることと、経営にとって正しいことをするのは別です。
焦って新しい作物を作ることが、必ずしも経営再建につながるわけではありません。
経験があり、販路が確保され、採算が見込める作物であれば選択肢になるかもしれません。
しかし、経験のない作物に頼って失った売上を取り戻そうとすることは、おすすめしません。
その年の損失を、その年のうちにすべて取り返す必要はありません。
必要な資金を確保し、次の作付け、次の収穫につなげる。
その方が、結果的に経営再建への近道になることもあります。
最後に。守るべきものは、作物だけではない。
今回の大雨で被害を受けた農家の皆さんに、簡単に「頑張ってください」とは言えません。
大切に育ててきた作物を失い、これからの経営を考えなければならない。
その精神的な負担は、決して小さなものではないと思います。
ただ、一つだけお伝えしたいことがあります。
災害で作物を失うことと、経営を失うことは、同じではありません。
作物は失っても、資金を確保できれば次の作付けができます。
次の収穫を迎えることができます。
そして、再び売上を作ることができます。
だからこそ、災害直後は、まず被害を把握し、必要な資金を算出し、調達に向けて動いてほしいと思います。
失った売上を、慣れない作物で無理に取り戻そうとしないでください。
一つの金融機関で難しければ、別の金融機関にも相談してください。
収入保険のつなぎ融資、セーフティネット資金、返済条件の変更、保険の契約者貸付など、利用できる可能性のある手段を徹底的に探してください。
農業経営は、今年一年で終わるものではありません。
今年の損失を無理に取り戻すことより、来年も、その先も農業を続けられることの方が大切です。
災害が奪うのは、畑にある作物です。
未来まで、奪われるわけではありません。
今回被害に遭われた皆さんが、この困難を乗り越え、再び収穫の喜びを感じられる日が来ることを、同じ農業経営者として心から願っています。