子供より始末に負えない「大人園児」たちへ

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農業ブログ

「甘い言い訳、苦い真実:あなたの中の「大人園児」へ

2025/07/05

「大人園児」たち

無自覚の極み

野良哲人☆農人クリエが感じている疲れる大人たち

世の中には、年齢だけは立派に重ねながら、
中身が園児のままの人間がいる。

一見、能力がないだけのように見えるかもしれない。
「やり方がわからない」「頭が悪いから」「年だから覚えられない」
そうやってできない理由を並べる。

でも、本当は知っているはずだ。
やればできてしまうことを。


なんのためにやらないのか。
なんのために知ろうとしないのか。
なんのために考えようとしないのか。

答えは単純だ。
やれば、できるとわかってしまうからだ。

できてしまったら、もう逃げられない。
「できる人」の責任を負わなければならない。
「できる人」の顔をして、次の挑戦を引き受けなければならない。
失敗しても言い訳は許されない。
その怖さに耐える覚悟が必要になる。


だから彼らは「できないふり」をする。
「わからないふり」をする。
「やる気がないふり」をする。

その奥には、
「やりたくないだけだ」という単純で苦い真実が隠れている。


もっと厄介なのは、
何も考えず、自分で調べもせず、
「教えてください」「わかりません」「勉強させてください」と
他人に思考を肩代わりさせる人だ。

一見、謙虚に学んでいるように見える。
「素直で勉強熱心な人」に見える。
でも実際はただ、
自分では責任を負いたくないだけだ。

「決めること」を恐れ、
「選ぶこと」を避け、
「やりたくないだけの自分」をごまかしている。

その無自覚な図々しさとずる賢さこそ、
子供よりも始末に負えない。


できないことは恥ではない。
でも、できないふりを続けることは、
自分の生を諦めることだ。

「やればできると知っているのに、やらない。」
「できると、もう言い訳できなくなるから、やらない。」

その臆病さを隠すために、
人は膨大な理屈をこしらえる。
年齢、立場、他人の評価、環境。
あらゆるものを盾にして、
“やりたくないだけの自分”を正当化する。


甘やかすことを優しさだと思う人もいるだろう。
「まあまあ、無理しないでいいよ」
「あなたはそのままでいいよ」

でもそれは、
本人を檻の中に閉じ込める言葉だ。

本当の優しさは、
「変われる可能性がある」と信じて、
時に突き放し、
時に厳しく問いを投げることだ。

やらない理由は、無限に作れる。
でも最後に残るのは、たった一つ。

「やりたくないだけなんです。」

そこを認めた時だけ、
人は本当に自分の生を引き受けられる。


🌿
あなたはどうだろう?
「できないふり」で、
「わからないふり」で、
その場にうずくまっていないか?

もしそうなら、
それもあなたが選んだ生き方だ。

それを責めるつもりはない。
でもせめて、
「できない」のではなく「やりたくないだけだ」と認めてほしい。

それが、この言葉の唯一の願いだ。

 


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